中華人民共和国に存在する万里の長城
中華人民共和国に存在する万里の長城

大陸では泥棒=強盗殺人、政治的侵略を意味することが一般的で、簡単なものから大掛かりなものまで色々なバリアーが存在しました。面白いところでは西洋の都市国家の城塞の内側では道路を狭く作り、2階は道路にせり出して作られ、侵略者に上から石を落として撃退する家づくりがあったり、エントランスの扉も内開きであったのは外部から金具を壊されないためと考えられています。歴史の全く違う場所で同じものに憧れ同じようなものを作ろうとするのは何とも皮肉な事です。石を用いて住宅を作れば家が安全な避難場所になりますが、日本では材木を用いていることからも分かりますが、家は安全といったものとは別の目的で主に作られていたと言えます。少なくても避難場所としての意味は希薄だったと言えます。

石畳に建ち並ぶ統一感あふれる住居
石畳に建ち並ぶ統一感あふれる住居

話はそれるようですが、その裏返しなのか、アメリカの家は一家団欒を求める傾向があります。仕事も持ち込みません。寝室に書斎コーナーがあるなど全くナンセンスだと一笑されます。日本には物置、納屋、作業場が珍重されます。あれだけ働いて尚自宅で仕事を始めとする生産性を高める空間であり続けています。しかし社会の質が似てくれば共通することも増えてきます。皆さんがどのような家を建てて、どのようなエクステリアを志向しているのか、その辺は歴史や経験から来るところが大きいと思っています。日本の至る所にブロック塀があり、危険であるばかりでなく景観を損なっている事もありますが、あれがあったお陰で暮らしやすかったとも言えます。

何も人がこうするから我が家もこうしないといけないなどと考えることはありません。共通させて良くなるものであれば採用すれば良いだけで、寧ろ我が家だからこそ作りたいものを見つけて具体化すれば個性が滲み出たエクステリアが生まれ、逆に個性を全く隠したエクステリアもあって良いと思います。生活形態としてこれが切り離せないのであれば、もっと生産性を高める設計になって良さそうなものです。バラバラに求めた結果、ガレージや立派な物置、団欒しながらのバーベキューコーナー、菜園、バラ用ののアーチなどがバラバラに商品化されているのはこうした所を見抜かれてのことかも知れません。本当に考えるとキリがありません。外部を考えるとまだまだ形状も変わる余地が満載だと思えてきます。

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