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外部空間について思うこと

古墳時代、縄文時代、弥生時代の竪穴(式)住居
古墳-縄文-弥生時代の竪穴(式)住居
古墳時代、縄文時代、弥生時代の竪穴(式)住居
古墳-縄文-弥生時代の竪穴(式)住居

古墳時代、縄文時代、弥生時代の住居の形式は主に竪穴(式)住居であり、地面を円形や方形に掘り窪め、その中に複数の柱を建て、梁や垂木をつなぎあわせて家の骨組みを作り、その上から土、葦などの植物で屋根を葺きました。時代の変遷に伴い、外部に求めたものを見ていきましょう。穴を掘って生活したのは特に冬場における外気温や風邪から身を守るためと考えられます。地上に出る構造物もそれほど高くはなく、比較的作りやすかったと考えられます。これが弥生時代に入ると大陸から稲作などが伝わり、少しずつ変化し始めます。物に対する価値感が広まり、高床式などの住居形態も見られはしますが、それでも一般的には依然として竪穴住居でした。しかしモノの保存や作造りをするのに頻繁になった出入りに対応するため、壁が地面から立ち上がる住宅が増えてきます。つまり住居の近くで行う行為が、外部を必要とし、生産性の向上を目指し、結果保管する必要も出来、住居の形態に変化が生じました。そしてそのその最終形として平床式に移行して現代まで続いています。その過程で家の周囲に柵が登場します。それは大陸や西洋のようなバリアーではなく、単に家の周囲で作物を育てる所有権としての領域を明快にした垣根状のものであったと考えられます。コミュニケーションは依然として垣根越しに行われたと思います。

万里の長城
中華人民共和国に存在する万里の長城

大陸では泥棒=強盗殺人、政治的侵略を意味することが一般的で、簡単なものから大掛かりなものまで色々なバリアーが存在しました。面白いところでは西洋の都市国家の城塞の内側では道路を狭く作り、2階は道路にせり出して作られ、侵略者に上から石を落として撃退する家づくりがあったり、エントランスの扉も内開きであったのは外部から金具を壊されないためと考えられています。歴史の全く違う場所で同じものに憧れ同じようなものを作ろうとするのは何とも皮肉な事です。石を用いて住宅を作れば家が安全な避難場所になりますが、日本では材木を用いていることからも分かりますが、家は安全といったものとは別の目的で主に作られていたと言えます。少なくても避難場所としての意味は希薄だったと言えます。

石畳に建ち並ぶ統一感あふれる住居
石畳に建ち並ぶ統一感あふれる住居

話はそれるようですが、その裏返しなのか、アメリカの家は一家団欒を求める傾向があります。仕事も持ち込みません。寝室に書斎コーナーがあるなど全くナンセンスだと一笑されます。日本には物置、納屋、作業場が珍重されます。あれだけ働いて尚自宅で仕事を始めとする生産性を高める空間であり続けています。しかし社会の質が似てくれば共通することも増えてきます。皆さんがどのような家を建てて、どのようなエクステリアを志向しているのか、その辺は歴史や経験から来るところが大きいと思っています。日本の至る所にブロック塀があり、危険であるばかりでなく景観を損なっている事もありますが、あれがあったお陰で暮らしやすかったとも言えます。

何も人がこうするから我が家もこうしないといけないなどと考えることはありません。共通させて良くなるものであれば採用すれば良いだけで、寧ろ我が家だからこそ作りたいものを見つけて具体化すれば個性が滲み出たエクステリアが生まれ、逆に個性を全く隠したエクステリアもあって良いと思います。生活形態としてこれが切り離せないのであれば、もっと生産性を高める設計になって良さそうなものです。バラバラに求めた結果、ガレージや立派な物置、団欒しながらのバーベキューコーナー、菜園、バラ用ののアーチなどがバラバラに商品化されているのはこうした所を見抜かれてのことかも知れません。本当に考えるとキリがありません。外部を考えるとまだまだ形状も変わる余地が満載だと思えてきます。